
「神話的要素は皆無」
『神話は成層圏で生まれる』の記事で、昔の人々は天地二層で宇宙を把握していたようだと述べました。例として中世ヨーロッパの世界地図を引用しました。また、天動説を検索するとWikipediaには、このような天球図も出てきます。

この説明には「神話的要素は皆無」とありますね。天動説とは大地を世界の中心に置く、当時の学術的宇宙論で、神話的に説明されたものではないと。……もちろん、そうですよね。古代でも宇宙論自体は、神話とは切り離されて研究されていたはずです。
そこを踏まえると、この記述「神話的要素は皆無」ということは、古代〜中世の時代、神話を元にして宇宙論が考察されていたわけではないとわかります。つまり、その逆で、人々の世界の捉え方としての宇宙論(≒天動説)の中で、「神話」が展開されていたと推察できます。
(ちなみに、このヘナチョコ神秘学概論では、その点、あくまでも神秘学。宇宙論と神話論をつなぐ考察を、今後も展開する予定です。)
前話の繰り返しになってしまいますが、上記のような宇宙論の骨格の中で、神話が「起こっている」のを見ていたのではないでしょうか?神々の怒りは嵐として現れ、天使が微笑むとそよ風が吹くさまを、太古の人々はあたかも目撃するように空想をし、神々を畏れ、同時に守られている感覚を得ていたのかもしれません。
古代中国の宇宙観
さきほど興味深い偶然?があって面白かったので、ちょっとシェアをさせてください。
たまたまHuluで『京都太秦物語』(山田洋次脚本・立命館&松竹映画/2010年)という作品を、おうちで観ていました(京都モノはついつい観てしまいます😊)。内容は、山田洋次さんらしい人情味と切なさが合い混ざる恋のお話で、その中で、主人公に恋をする大学の先生が出てくるのですが、彼の研究する「甲骨文字」の授業が、まさに古代宇宙論だったのです。
しかも、それは西洋ではなく、古代中国の宇宙観でした。彼は学生たちに、こんなふうに教えていました。
「宇宙は、上にドームのように円形に成す空があり、下には水平の大地があると信じていました」

まさに、先日述べていた通りの宇宙観です。西洋だけではなく、中国(東洋)でも、同じような感性でもって、天地(宇宙)を認識していたことがわかります。
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