どうでもよくなれば、勝手に消える

私は15の時に風呂場覗きに遭い、以後トラウマっちゅうか、周囲のいやらしい視線に過敏になってもーたようで🤣 似た事象に約10年ごとに遭遇している。

前回?の40代の時は、ストーカーもどきの初老ジジイに家の周囲をうろうろされて悩んでいたことは、こちらの読者さんもご存知の人は多い。(←あちこちで吹聴しまくっていたもんで😎)

50代の今回、具体的なことは差し控えるけど、なんか気持ちわりーなーってことがあって、最初は夫に言っても、気にしすぎだと相手にされなかったのだけど、彼も目につくようになって、理解してくれるようになった。

そういや、前回のストーカーもどき事件の時も、たまたまジジイが家の前でうろついているのを彼が目撃したおかげで、気にしすぎと一蹴されることがなかった。

そんなことを思い出していると、ハッと気づいたのだ。

私は、この不快極まりないことを「叶えている」と。
(パートナーシップにおけるアルアルかもしれない↓)

というのは、

夫に対して、「この不安をわかってほしい」と願っているので(=本音)
それを「叶えている」。

本当の望みは、パートナーに対して、「不安をわかってね 否定しないでね 理解してね」ということ。
わかるよ〜と言ってもらいたいのだ。

一方、そんなネガティブなことをわかりたくもない彼からしてみれば、
しょうもないこと言うて…とか、わかったところでなんの意味が?
となる。😛

彼の立場から解析すれば「わかりたくもない」という潜在意識によって、嫁はわかりたくもない現実をしょっちゅう見せて、「わかりたくもない」彼の本音を実現させた世界を創っている。

解決法は、それぞれの立場で考えれば、実はシンプル。
彼の側からは、「わかってあげたいな」という気持ちに切り替わった途端(=本音が変容する)、彼の不快な世界はたちどころに消えるだろう。

私の立場からは「わかってほしい」という本音が、「どうでもいい」に変われば、わかってもらいたい事象は自動的に消える──ってことになるだろう。

しかし、これには、さらに深みの現代人の欲求が潜んでいるから、そうそう簡単にどうでもいいことにはならない。

不安をわかってほしい というのは、「この世界は不安な世界だ」という証明がしたいってことなのだから。

そのため、不安に感じる世界を実際に創造することで、それを証明し、エゴの欲求を叶えている。

証明できれば→パートナーは理解してくれる→その結果、私は不安で嫌な事象から守ってもらえる…という寸法🔥

顕在意識では、予想もしていないデンジャラスな欲求だ。笑

よく言われるが、「戦争反対」という理念によって、(反対せんがための)戦争を、逆に現実創造してしまっている…というものと創造原理は同じだろう。

私はかつてストーカージジイを夫が見つけてくれた際、「やっとわかってもらえる」とほっとした。
言い方を変えれば、「不安な世界だという証明ができた」と🤣
倒錯したエクスタシーのようなものが、私の中に存在するのだろう。

ということで、この事案における本当の解決というのは、
上記のような一過性の安堵感を求めるのではなく、本質的な世界の安堵感に気づくほかない。

この世界はひとつながりの海のようなものだと真に理解できれば、不安な世界の証明は終わるってか、そもそも不安ってなあに?ってなる。

まあ、「不安やけどな」ということは認めたうえ(←これは大事)、「取って喰われるわけやなし😁」と手を離しておこうと思う。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次