くるしみのない世界にいたければ

「わたし」のくるしみって
こうありたいって理想が頭の中にあって、
それとの齟齬を覚えるから、
そうなれていない今の自分にハッパかけたりして、
そのプレッシャーにくるしみを覚えるのだろう。

今のあるがままの自分を、自身が受け入れていないことに
憤り(=くるしみ)を覚えるのだと思う。

くるしみのない世界にいたければ、
逆説的に、くるしみがあってもよい というくらいまで
今の自己受容ができれば、くるしみは終わる。

理想はもってしまうものとは思うけれど、
究極のところ、理想など持たずに、
ただ くるしみも含めて その瞬間に’それ’がきただけのことだから、
どうせ、そのうちに流れていくことなのだから、
今のくるしみをも貴重なものとして、
ある意味楽しんで味わっていればいいだけではないかと思える。

今ある これ を貴重なものとして、
今、ここにきた貴重な体験として、ただ味わう。
ただ感じる。

今にあるすべてを、ひとつも拒否することなく感じる。
ここに意識を据える

夕陽が大きかった

「絶対肯定」ということ──。

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