半月くらい前にアポーツ現象前編を書きましたが、あれからだいぶん時間が経って、後編を書きたいモチベーションが単純に下がってしまいました。スミマセン🙏
また、命をかけて国のために尽力くださっている老師様には深く頭が下り、心から手を合わせておりますが、たいへんお濃ゆい政治的活動をなされていらっしゃいまして、単にアポーツ現象のみを書くことに違和感を感じ、出来事としての後編を綴ることはやめにします。
(……とは言っても、現象自体はめっちゃおもしろいのは確かなので、詳しく知りたい方は『アポーツ現象・精霊モモちゃん』で検索してもらったら、近似情報はたくさん出てきます。)

落ちてきたクマちゃんたち
私自身は、政治色ゼロと申しますか、いろんなことにこだわりなく、昨日の投稿でも申し上げたとおりの「ただ現れを(興味津々で)見ている」という一点が心の主軸なので、正・曲論のいずれにも与していない立場です。
また、どんな一見不都合に思われる現れが出てきたとて、それは「最善」となっていくためのプロセスだと個人的には思っていること。そして、その過程で淘汰されてしまうものの中には、惜しく感じるものもあるかもしれない。でも、きっとそのようなものでも、何十年あるいは何百年、何千年かもしれないけれど、やがて浮かぶ瀬もあると信じていたいというのが、私の願いです。
あくまでも、このサイトは、シンプルに不思議現象の面白味や軽妙さを表現していく内容ですので、その立場に立った上で、推したいものは、その時々にて、聖俗わちゃわちゃで変化してゆきます。はい。
私たちが、こんなふうに主権として というか、フツウに持ちえている自由さは、老師様の政治的尽力もおそらく婉曲に?影響して、この浮世で紙一重で保たれているであろうことに心より感謝申し上げるとともに、この件は、これにて一件落着させていただきたいと思います。
……が、あのような摩訶不思議アポーツ現象が起こることへの考察を、僭越ながら、簡単にお話したいな〜と思いました🙏
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昔、安倍晴明という陰陽師が都で活躍していて、後世の日本人に多くのインスピレーションを与えていることはご存知の通り。
彼の政治家としての手腕の一つとして、式神を自在に操ることが挙げられます。
近代以降、目に見えているものしか信じないように西洋的な教育されてきた私たち現代人にとって、陰陽師としての彼の伝説は、英雄視ゆえの作り話に思えるかもしれませんし、実際に、中には作り話もあるかもしれません。

ただ、アポーツ現象のプロセスを体験してしまったことで、あれらの伝説は、実際にあり得る物語とも、私には思われました。
式神というと妖怪的というか、ちょっとブラックな側面もある気がしますが、ヒトにも完全なホワイトや完全なブラックがありえないように、どんな存在にも当てはまると思います。
実際、十数年前に、陰陽師の方にインタビューさせていただいたことがあって「自分たちの仕事は、善いことをするというより、中和させること」とおっしゃっていたことを思い出します。つまり、極端な善はむしろ悪に傾くのとエネルギーは同じなので、時には悪の要素を混ぜることでバランスを保つと。(手前味噌ですが、このテーマは京タロ的に《拾伍 オロチ》です)
そういう意味で、現実的実際的にバランスを図る存在が陰陽師であり、そのツール的存在が式神といえると思います。
ですので、「この現実世界に」「現実的に」「具体的に」働いている影響力が強いフィクサーのような人物には、それらの存在は相性が良く、引き寄せ合って、ある種の加護があるということは言えるのではないでしょうか。
ただ、それらはこれまでの古い秩序の世の話で、これからの新世界では、出現の意味や役割もちょっと変わっていくのかもしれないな〜なんてことも感じます。
モモちゃんのことは、いろいろと秘書の方から伺いましたが、ちょっとお茶目で、洒落たセンスを持っているみたいです。人が怖がることをする精霊ではありませんし、ちょっとシャイで、こちらの人間を怖がらせたいわけでは全くないようです。
あちらの世界とこちらの世界の境目の住人である精霊が、こちらに顕現することで、本来境目なんてなく、ひと繋がりであることを知らせてくれる存在ともいえるし、境目が曖昧になってきたことを、一般に知らせる役割とも言えると思います。
以上、後編ぽいものを書きました。
現象のみを述べると、どうしても特別視に偏りがちになるので、めっちゃおもろいのですがやめにしました。
不思議なことに遭遇しても、上述のように「あっちもこっちも本当はないな〜」とか「境目が緩んできたな〜」という感覚で、ある意味面白がって捉えて、現象に囚われて神聖視に陥らないことが大事かと感じます。
自分のことなら、ヘッポコなところを含めてお話できるので自由に書けますが、他人さんのことなのでちょっと控えてお話しました🙇♀️
(もちろん、このことは老師様を尊敬こそすれ批判等ではありませんよー<念の為)
ご立派であられることに敬意を感じることと、特定の人を神聖視するのは全くの別問題ですので。

