サムネが扇動的なのが少し気になりますが、私たち世代の女性にかなりおすすめしたい動画。(可笑しなズレや翻訳が多いAIテロップとか、何回も繰り返しているフレーズがあったりもして、他も気になる点が多い動画ではある^^;)
この動画のテーマは、京タロの《九 イワナガ》のテーマそのもの。
私はあと数年で還暦を迎えますが、私たち世代を思春期に対して思秋期と呼ぶとするなら、思秋期の私たちに、ユングのこれらの言葉に、深く納得、そして安堵して勇気づけられる何かがあるように感じます。
実はイワナガカードは、4、50代以降の女性になぜか人気のカードなのです。
もう、あの頃のような感覚ではない私たちが、自然な女性性の変化を受け入れていくこととは?
《イワナガ》は、そのことを描くために「孤独を知り美と知恵を手に入れる」としました。
《コノハナ》の儚くも華やかな美しさだけでなく、その後のもっと深いそれ🍁
深いけど、自然に訪れる、次なる女神性。
もう、追わなくてよくなったし、待たなくてよくなったし、
孤独と闇との表裏一体の世界の上で、くるりとひっくり返るとき。
そして今、彼女の内側には衝動が生まれる。
それは先導するためでなく、火を灯すための衝動。なぜなら、闇の中で自らを見つけたものだけが、
他者にその闇を恐れる必要は無いと伝えることができるからだ。
《イワナガ》カードのみならず、こちらは《拾弐 アダシノ》のテーマにも繋がりますね。

そのほかにも、この動画には、金言のような言葉が多く語られています。
この次なる女神性は、一方でギリシャ神話における、ゼウスの妃ヘラで表現されることもよくあるのでは。
ただヘラさんのパターンは、次なる女性性を受け入れられなかった場合を表している感じではありまして、とにかく嫉妬深い女神として描かれることが多いですね。
いわゆる更年期の訪れとは、言い換えれば「イワナガ様のご来訪」と言えます。孤独の痛みと同時に、真の美と知恵を授けてくれる女神さま。
その痛みをたった一人で受け入れる。
その孤独を知る。
孤独でなかったと知る。
内に宿る女神と共であった。
私たちは、そもそも一つだった。
私たちは、そもそも女神だった。
この喜び。この美しさ。
続きは、道場でしゃべろうかな。

