今日から新学年。うちのボンも自動的に中二になりました😁
長女の方とは違い、おっとり育っているボン。
数日前から、学校の支度はしたのか?と、しつこく言ってたわけですが……当日朝になるまでなん〜もやっていませんでした。
やっぱりなー。笑
春休み中に洗った上履き。
しかし、靴紐が通していない。
いざ、手伝ってあげようとすると、靴紐の端の硬い部分が切れてなくなっていたようなのです😆
想像してください。
ふにゃふにゃの靴紐を。硬い先端がないと、穴に通らないのです。
私は、裁縫道具の目打ちを取り出して、柔らかい紐の端をなんとか穴に通そうとするのですが、全く入りません。
夫は「それは無理やわ」と言い、セロテープを巻いて硬い先端を作り(←天才✨笑)、淡々と準備。
「こういうこともありえるから、前日までに準備しとくべきやのにな〜」と、私たちは多少イラッとしつつ、長男を叱りつつ送り出しました。
ボンに対して苛立ったけれど、実際は、まあ、間に合ったわけです。
不測の事態に対して、一応は、対処できた。
とすると、苛立ちは心の問題。
最初のイラっというのは、熱いお湯にびっくりした!というのに近く反射的だから、回避できないけど、その後に続くイライラは、「前日までに準備しとくべき」という考えからくるイライラ。
それは、私たちは親なのだから、息子に正しいあり方を示すべきとする信念から。
でも、ちょっと不思議な気がしたの。
うまくいったでしょ?と、心の声がしている。
「どうなることかとハラハラしたけど、うまくいったな〜♪」って単純に喜び合うだけでも良くない?
こういう時、息子を叱ってハッパかけるのって当たり前だと思っていたけれど、それほんま?
実際に、さんざんハッパかけてきたけど、長男は相変わらずのんびり屋だし。笑
いや、それ以前に、私自身でさえ、ひどく親から叱られてきて(←すぐ手が飛んでくる厳しい母親でした)、それでうまくいっているかと言えば、むしろNO…てか、失っているものの方が大きい。
ここで、長男に対して「アンタは何べん言ってもわからないダメな子」ってレッテル貼るのは簡単だけど、それほんま?
不測の事態、想定外のバタバタは、多くの場合「なんか(ええこと)」を秘めてるってこと。
ひょっとして、そのおかげで、何かを回避できてるのかもよ?気づかないだけで。
ちょっとした困ったことは、実際は、ほとんど解決できてしまうし、それでいい。
親がいないと何もできない子に育つことを怖れて、口うるさく言ってしまうのだけど、それよか、勝手になんとでもなる…という全自動感を体感させてる方が、もっと深い部分に「効いている」んかもしれん。
自分で危機感が出てきたらそうするだろうし、危機感感じなかったら、それはそれでなんとかなっていく人生を選んでいくのだろうと、ふと思った。
要するに、好みの問題だ。
まあ、危機感持って頑張る子の方が、男子としてはモテるだろうけどね。そこは絶対🤣✨

